その怪獣にはこころがあった。
街の外れの森の奥で、怪獣はひっそりと暮らしていた。
森の動物たちはみんな怪獣がだいすきだった。
怪獣は体は大きいけれど、誰のことも傷つけず野いちごを持っていくとおいしいジャムを作ってくれた。
大きく広い怪獣の家の庭で、みんなで集まってパーティーをすることもあった。
怪獣は料理が好きで、何だって作れた。
怪獣は火を噴くし、鋭い牙や長くとがった爪も持っていた。
けれど怪獣は優しく、そういったものを使うのは料理のときだけだった。
火を噴きながらフライパンで木の実を炒めたり、長い爪で綺麗に盛り付けをする。
大きな翼もあったけれど、ほとんど使うことはなかった。
自分が空を飛んでいる姿をみれば、街に住む人間がびっくりしてしまうからだ。
ある日、こぐまのお母さんが風邪をひいた。
こぐまは困って怪獣を訪ね、すごい熱だといった。
「街の薬じゃないと治せないよ」
怪獣は自分のせいだと言わんばかりに申し訳ない顔をして言った。
こぐまの足では街まで丸一日以上かかる。
とうとうこぐまは泣き出してしまった。
「わかった、ぼくに任せて」
こぐまはきょとんとして怪獣を見たが、怪獣は家の奥に入っていってしまった。
「確かここらへんに……あった!」
怪獣は引き出しの奥にしまってあった古い古い金貨と、台所のジャムの瓶を取り出して、鞄の中にしまった。
噂を聞きつけて集まった森の動物たちに見送られて、怪獣は街へと飛び立った。
街の中で怪獣はとにかく目立った。
広場におりたつと、街の人々はみんな目を丸くして、それからそれぞれ大急ぎで家に入ってしまった。
誰もいなくなった広場で怪獣は困り果てた。
「うーん、薬屋さんはどこだろう」
怪獣は大きな体を揺らして通りを歩いた。
歩いても歩いても薬屋さんはみつからない。
「すみません、薬屋さんはどこですか?」
窓の空いている家に呼びかけると、カーテンをしめられた。
「こぐまのお母さんが風邪をひいてしまったんです」
何も知らずに怪獣と出くわした人は、腰を抜かしてしまった。
怪獣は何度も何度も呼びかけた。
「薬をもらわないと、治らないんです」
いよいよ泣き出しそうな気持ちになったとき、怪獣は尻尾をぐい、と引っ張られた。
「薬屋さん、こっちだよ」
小さな女の子だった。
大きな怪獣を怖がりもせず、ずんずんと歩いて行ってしまう。
怪獣は慌てて女の子を追いかけた。
薬屋さんにつくと、女の子は風邪薬を持ってきてくれた。
「うちね、薬屋さんなの。お父さんの薬で、すぐによくなるよ」
にこっ、と女の子が笑うと怪獣はまた泣きそうになった。
けれど、さっきとは違う気持ちだった。
「ありがとう、ありがとう」
怪獣は鞄から古びた金貨を取り出して女の子に渡した。
お礼を言って森へ帰ろうとしたとき
「いたいっ!」
怪獣は石を投げられた。
一人が石を投げ始めると、それからはあっという間だった。
いろんな方向からたくさん石を投げられた。
怪獣は投げられる石から女の子を守ろうと、慌てて手を伸ばした。
「いたい!」
怪獣ははっとして自分の長い爪を見た。
女の子は腕から血を流していた。
「ご、ごめん!」
怪獣があやまると、ひときわ大きな石が飛んできた。
「怪獣め、薬が欲しいだなんて嘘なんだろう」
「その子を連れていくつもりだな」
「離れろ!離れろ!」
「違うよ!そんなつもりじゃ」
ガツン!
大きな石が顔にあたると、びっくりした拍子に怪獣は火を噴いてしまった。
火は石を投げた人の真横を間一髪ですりぬけた。
「ほら見ろ!火を噴いたじゃないか!」
それからはもう何をいってもダメだった。
怪獣は持ってきたいちごのジャムを女の子の前に置いてもう一度ごめんと呟くと、すぐに翼を広げて飛び立った。
怪獣は泣きながら飛んだ。
あんまり大きな声で泣くので、街にはずっと怪獣の泣き声が響きわたり、大粒の涙は雨のように街や森中に降り注いだ。
薬を届けにきてくれたぼろぼろの怪獣の姿をみて、こぐまは何があったのかすぐにわかった。
「ごめんね、ごめんね」
「ごめんね、ごめんね」
怪獣は自分の長い爪でこぐまを傷つけないように、慎重に薬を手渡した。
こぐまと怪獣はお互いに謝りながら泣いた。
家に帰っても怪獣の涙は止まらなかった。
鋭い牙も、長い爪も、火を噴く口も大きな翼も、自分の全部が嫌になった。
街では女の子が泣いていた。
怪獣は礼儀正しく、お金もちゃんと払った。
腕は痛かったけれど、石はあたらなかった。
何よりも女の子は怪獣の優しい目を忘れられなかった。
怪獣のくれたジャムは甘く、雨のように降った怪獣の涙は、おどろくことに街中の花畑を満開にさせていた。
けれど、街の大人たちは誰もそれに気付かない。
みんな怪獣をやっつけようと森へと出かけていった。
街からやってくる大人たちを見ると、怪獣はすぐに飛んでいった。
森中の動物たちがみんなで止めてもだめだった。
怪獣は飛んだ。
森を抜けて山を越えて、ずっとずっと飛んだ。
二度と森へは帰ってこなかった。