雨の日曜日

宛先もわからないまま

青いサカナ

そのサカナは深い海のような、澄んだ夜空のようなきれいな青い鱗をもっていました。昼は冷たく静かな海の底を泳ぎ、夜になると星が瞬く夜空を飛び回ります。

青いサカナがひらりと体を翻すと、ときおりきれいな鱗がキラリと光りました。

他の魚や鳥たちが、海や空の青に紛れてしまうサカナを見つけられるのは、そうして鱗が光るときだけでした。

サカナには友だちがいませんでしたが、誰もがサカナをうらやましがりました。

夜空を飛び美しく光るサカナは、誰よりも自由に見えたからです。

 

サカナはひとりでした。

サカナのさみしさに気付くものはいません。

昼でも暗い海の底で、サカナは涙を流します。

しかし、海の青にまぎれるサカナの姿も、こぼれる涙も誰にも知られることはありませんでした。

どこへ行ってもサカナはひとりきりでした。

サカナは自分の鱗が嫌いでした。

青い鱗のせいで誰にもみつけてもらえず、さみしい思いをしてきたからです。

 

そんなサカナにある日、友だちができました。

赤い三日月が昇る晩でした。

いつものようにサカナがすいすいと夜空を飛んでいると、突然なにかが体にぶつかりました。

「いたい!」

思わずサカナが声をあげると、ぶつかってきた何かも返事をします。

「それはこっちのせりふだよ!いったいなんだってこんな夜中に空を飛んでいるんだい」

サカナが目を凝らすと、そこには一羽の小さなトリがいました。

トリも同じように目を凝らしサカナの姿を見つけると、驚いたようにいいました。

「とっても素敵な鱗だね!」

サカナは思わず言葉に詰まりました。

大嫌いな鱗をほめられたこともそうですが、トリがとても綺麗な青い羽根をしていたからです。

「きみこそ、とっても素敵な羽根をしているね」

ふたりはぶつかってしまったことも忘れて、すぐに仲良くなりました。

「また、明日ね」

それからは毎晩、ふたりで夜空を散歩するようになりました。

サカナはとても喜びました。

サカナにとってトリは初めてできた友だちだったからです。

トリも、サカナと友だちになれたことを誇らしく思っていました。

トリはサカナがだいすきでした。

 

ふたりが夜空を散歩している様子は、ちょっとした噂になりました。

ふたりが並ぶとキラキラと鱗と羽根が光り、流れ星のように見えたからです。

水面にうつるふたりの輝きはとても美しいものでした。

 

しばらくたったある日の晩、いつものように夜空を散歩していると、サカナはトリの様子がいつもと違うことに気が付きました。

「トリ、どうしたんだい?なんだか元気がないようだけど」

「サカナ。きみに言わなくてはいけないことがあるんだ」

冷たい風がぴゅうっ、と吹き抜け水面にさざなみを作ります。

いつの間にこんなに冷たい風が吹くようになったのだろう、サカナは嫌な予感がしました。

「ここを離れなくてはいけないんだ」

トリは家族たちと一緒に、南へ行かなければならないと言いました。

そうしなければこれからやってくる冬を越すことができないのだと、とても悲しそうにぽつりぽつりと話します。

サカナは何も言えませんでした。

「仕方がないね」

サカナはわらいましたが、トリはその顔をみることができませんでした。

ふたりは涙をこらえながら、お互いの顔を見ずに平気な声をつくります。

「南の方は、ここよりもきっと太陽が近いだろうね」

サカナの明るい声に、トリは顔をあげました。

「羽根が赤くなってしまうかもしれないよ」

サカナは楽しそうに続けます。

トリもそれに合わせて、いつものように返事をしました。

「赤い羽根だなんて、きっと目立つだろうね」

ふたりはやっと顔を見合わせて、笑いました。

月が沈んで空が明るくなるまで、ふたりはたくさん話をしました。

しかし、次に会う約束をすることは、ついにありませんでした。

「空が明るいね、海に戻らなきゃ」

サカナのこの一言を合図に、いつもどおりの夜がおわりました。

「さようなら、トリ」

「さようなら、サカナ」

サカナが海へ戻ろうとしたとき、トリがもう一度声をかけました。

「サカナ、きみの青い鱗は、とても綺麗だよ」

トリはそれだけ言ってほほ笑むと、そのまま羽根をキラリと光らせて、どこかへ飛んでいきました。

サカナはトリの言葉を頭の中で何度も何度もくりかえしました。

それから、ひとりぼっちの自分を見つけて、大嫌いな鱗を綺麗だといってくれた、たったひとりの友だちとの別れに一粒だけ、涙をこぼしました。

 

そのサカナは深い海のような、澄んだ夜空のようなきれいな青い鱗をもっていました。

昼は冷たく静かな海の底を泳ぎ、夜になると星が瞬く夜空を飛び回ります。

青いサカナがひらりと体を翻すと、ときおりきれいな鱗がキラリと光りました。

他の魚や鳥たちが、海や空の青に紛れてしまうサカナを見つけられるのは、そうして鱗が光るときだけでした。

サカナにはたったひとりしか友だちがいませんでしたが、誰もがサカナをうらやましがりました。

夜空を飛び美しく光るサカナは、誰よりも自由に見えたからです。

サカナはひとりでした。

しかし、サカナはさみしくなんかありませんでした。

昼でも暗い海の底で、サカナは昔、自分にできたたったひとりの友だちを思い出します。

相変わらず海の青にまぎれるサカナの姿に気付くものはいませんでしたが、どこへ行ってもサカナはへっちゃらでした。

サカナは自分の鱗が好きでした。

だいすきな友だちが綺麗だと言ってくれた自分の鱗は、サカナのいちばんの自慢だったからです。

 

赤い三日月が昇る晩でした。

サカナの海にあたたかい風が吹きぬけて、夜空にふたつの流れ星がきらりと光りました。