雨の日曜日

宛先もわからないまま

新しいコートを着て

 視力が落ちたせいで、イルミネーションが都会に溶けて滲んで見える。空気が冷たくなったね。夜が迎えに来る。毎年この季節になると、思い出す景色が、わたしにはあります。

 マフラーに顔を埋めながら、しんとした夜の街を歩いた。鼻先に触れる空気が痛いほどに冷たくて、繋いだその手の温度だけが確かだった、あの夜。冬がわたしたちを、ふたりきりにしてくれていた。暗くて深い夜空に、温かい街の灯り。きん、と張った冷たい空気が、世界を切り取ってしまったみたいだ。

 ふれる言い訳が要らなくなって、春。あれからはじめて、お互い知らない季節を過ごした。言葉なんて要らないと思っていたくせに欲しがって、どれだけもらっていたものが大きかったかを思い知る。慣れ親しんだ街に戻ってきたはずなのに、なんだか知らない場所みたいだ。

 そして、いま。なにも変わらない声が、ひとまわりしてしまった季節と、それから距離を越えて聴こえている。足りないパズルのピースがはまったような、安心感。会わない間、いろんなことに気が付いた。わらっていたことばかりを思い出すのは、いつも笑顔にしてくれたから。つらくても頑張れたのは、いつだって受け止めてくれていたから。

 だから、もう。言葉にするのも、こわくない。離れているのも、その先も。迷わないと決めた気持ちが、自分をつよくしてくれる。

 あの頃とはちがうコートを着て、マフラーを巻いて、だけどおなじようにあたたかい手に触れる。時間をかけた分、温度だけじゃない。確かなものは、ふえている。