雨の日曜日

宛先もわからないまま

どうか歌って

 初夏。気付けばそう呼ばれる季節になったね。今年は雨が多いみたい。ビニール傘が、踊る、踊る、踊る。落とし物はいつだって透明だ。

 紫陽花を観に行く約束をした。新しいレインブーツが欲しいな。日々の中に楽しみはそれなりにあるけれど、いつも何かが足りない気がしてる。ないものねだりだね。いつの間にか、こんなに日がのびている。

 すれ違うひとの流れ。肩がぶつかって、誰にも届かない声が雑踏に溶ける。すみません。はじめからそんな言葉、なかったことになる。誰でもない背中が遠ざかる。

 中央線がどこまでも連れて行ってくれるよ。いい天気。本当にこのままどこかへ行っちゃいたいな。仕事も約束も、ぜんぶ放り出して。

  きっとみんなそうなんだって、わかる。だけどやっぱり、ときどき、わたしだけなんじゃないかって。消化できない気持ちを抱えながら過ごしているのは。本当にみんなは平気なんだろうか。早歩きの街は通り過ぎていくものが多すぎて、変えたい自分、なりたい自分があるはずなのに、いつも時計の針に背中を押されている気がする。気がするだけ。言葉にならない声が、喉を灼く。

  街中で音楽がなっている。聞きたくもない音。声。雑踏。イヤホンをつける。いまどき古いよな、ボタンが壊れて巻き戻しもできないウォークマンから、声。わたしが選んだ、聞きたかった声。

  どうか、歌って。

  欲しいものは欲しいと言っていいし、大切なものは抱きしめていればいい。他の誰になんと言われようとも。そもそも、ひとはみんなひとりなのだし、それが普通なんだ。だから、踏み込んではいけないのだと、思う。価値観は自分だけのものだよ。たとえ総理大臣でも、映画監督でも、大人でも子どもでも、同じ。自分以外の誰かに、とやかく言われる筋合いなんか、ない。

 私は、私の歌をうたうよ。顔をあげれば、青信号。ウォークマンの声に応えるように、横断歩道を一歩、踏み出す。