雨の日曜日

宛先もわからないまま

惑星が沈む

今日は星がよく降っているから、どこへもいくことができない。

 朝からこんなふうに星が降るなんてこと、この時期にしてみればそんなにめずらしいことでもないのだけれど、やはり気分は滅入る。カーテンの向こうがやけに明るく、昨日窓を閉め忘れたまま眠ってしまったわたしは、その光と星の落ちる音で目を覚ました。なんだかひどく懐かしい夢をみていた気がする。

 いつもは歌うように起床の時間を教えてくれるカエルも、出番をなくしてしまいつまらなそうにこちらを見ている。もっとも、おかげで彼は一日の仕事を早く切り上げることができたのだから、いつもより睡眠時間がとれるはずだ。カエルはわたしがベッドから起き上がったことを確認すると、すぐにゲコゲコと規則正しい寝息を立て始めた。

 いつもより少しはやい朝食をとりながら、窓の外を見つめる。星がやむ気配はない。こんなに一度に降ってしまうと、夜にはきっとこの家は沈んでしまう。

 星はこの土地の地面に触れるとすぐに溶けて、微小な光の粒を含んだ透明な液体になる。透明度が高いせいか、しずく越しに見る他の惑星は普段よりも鮮やかに、そして鮮やかな分、近づいて見える。聞いた話だと、特殊な加工を施して望遠鏡のレンズの材料にすることもあるらしい。星のしずくで沈んでしまった後の景色も嫌いではないけれど、いかんせん後片付けが大変だ。液体化した星は一日もあれば月の光で乾いてしまうのだけれど、結晶化した粒だけは残ったままだ。きちんと準備をしておかないと、部屋のあちこちに散らばった星の結晶を掃除してまわらなければならなくなる。

 地球にいた頃は楽だったなあ、とぼんやり思う。ずいぶん昔のことのようであまり覚えてもいないのだが、少なくとも部屋中の星の結晶を掃除してまわるなんてことは、なかったように思う。あまり散らかしてはあの人に怒られてしまうな。置いてきてしまった人の横顔が頭に過ぎって、今朝の夢と重なる。思い出そうとするけれど、夢の記憶はぼんやりとしていくばかりだった。

 二人で一緒に見上げていたはずなのに、いつの間にか、一人でこんな宇宙の端にまで来てしまった。次に星が降る頃には、きっと戻れますように。宇宙に焦がれていたあの頃とは正反対のことを考えて、ひとり苦笑いをする。結局わたしは、いつだってここではないどこかへ行きたくて、自分以外の誰かになりたがっている。元の惑星もこの場所も、こんなわたしのままではただの景色だ。

 朝食が済んだら、グレーテルさんの家にシャボンの粉を分けてもらいに行かなければ。あの不自然に甘ったるいにおいのする家はどうにも苦手なのだが、仕方ない。重力も何もない世界で、重い腰を上げた。

 角砂糖を二粒、小瓶に入れてコートを羽織り、玄関の扉を開く。グレーテルさんは角砂糖をこよなく愛していて、反対に塩の味がする星のしずくを嫌っている。星の落ちる音、液体の中で揺れる光の粒を見ていると、もう思い出せない遠い記憶が彼女を悲しくさせるらしい。わたしにはまだ、その感覚がわからない。忘れてからでないとわからないのよ、彼女は笑う。なぜ自分がいつも同じものを二つ欲しがるのか、家の食器がペアのものだらけなのか、彼女はもう、どうしても思い出せないらしい。思い出せないのに悲しくなるなんてこと、本当にあるんだろうか。

 扉に鍵をかけて一歩踏み出すと、足元のしずくがぱしゃりと撥ねた。撥ねたしずくが光に戻り彗星になるのを見送って、今度はゆっくりと歩き出す。あの彗星は、どこか他の惑星まで届くだろうか。見つけて欲しい誰かがいたような気がするけれど、今朝の夢のように面影が浮かぶばかりで、その輪郭はぼやけてしまう。降り注ぐ星を見上げて、その眩さに目を細める。手元の角砂糖が、瓶の中でコロンと音を立てた。次に星が降る頃には、コートを新しくしようかな。

 胸が、ちくりと痛んだ。